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競馬 最終レース 荒れるのではない、乱れるのだ

こんにちは、馬券生活者ゆうぞうです。

やはり「競馬場を去る時にはプラス収支で帰りたい」のが競馬ファンの本音では無いかと思うねんけど、そのためには最終レースでの馬券成績がモノを言う場合が多いと思うねん。

仮に1日全敗してても、最終レースでドカンとぶち込んで当たればプラスで帰れるわけやから、そら最終レースと言うのはクイズ番組の最終問題と同じぐらいの破壊力を持ってるねん。

しかし、最終レースと言うのは統計データ的に見ても「荒れるレース」として知られているようや、単勝1番人気の勝率を見ても最終レース以外のレースの平均と比較して、最終レースの単勝1番人気と言うのは5%ほど勝率が少ないんや。

ほんならと言って中穴を狙うと大穴決着になり、大穴を狙うとカチカチの本命で決まったり、なかなか掴みどころが難しいのも事実やな。

やが、わしの実感から言わせてもらうと、最終レースと言うのは「荒れる」のではなく「乱れる」と言う表現の方がピッタリの気ぃすんねん。どういう事かと言うと、メインレースまでは大勢の人が「当たるような馬券の買い方」をするわな。

ほんで、メインレース終わると結構な人数が競馬場から退散しはじめる。これは収支がプラスで勝ってる人が満足して帰っていたり、そもそもメインレースが最高目的レースであって、最終なんかどうでもええ人やったり、まぁそういう人たちが競馬場から姿を消す。

と、言うことは最終レースに参加する人の人種・思惑を考えてみると、「負けたままで帰られへんわい!」と言う収支にこだわっている人や、「今日はプラス収支や、せっかくやから最後まで遊んで行こか」と言うような奴だと言う事が容易に想像できる。

そやけど、馬券のマイナスサムという仕組みから考えると「プラスやから最後まで」という人は少数派で、大抵の場合が「なんとか最終当てて帳尻を合わせたい」と願う人やと思うねん。

では、ここからが重要やねんけど、収支の帳尻を合わせたいと考えると、あなたも経験があるかも知れへんが「勝つのはこいつやと思うねんけど、こいつが来たんでは儲けにならへんから別の馬買おか…」的な発想が浮かんできてしまうねんな。

逆に「本来もうちょっと配当の美味しいところを狙いたいのは山々やが、ここは残りの万札ぶっ込んで的中率重視で人気サイド買わなしゃあない」と考える奴もおるやろう。やが、大抵は最終レースまでに資金を削られてもうて、財布の中身は寂しなってる場合が多いやろな。

こんな両者の思考は1日の中盤ではなかなか起きへん事でっせ?

要するに、ホンマは本命買いたい人の銭が中穴に流れ、ホンマは中穴買いたい人の銭が本命に流れると言うおかしな現象も多少なりとも起きているという仮説が浮かぶわけや。

ほんで、最終レースともなると騎手かて人間やさかい、疲れとる騎手もおるやろ。メインレースでしっかり稼いで、最終なんかどうでもええわと言う気持ちになっとる奴もおるやろ、しかし一方でその日1日不振やったら最終ぐらい見せ場残したい騎手もおるやろ。

そういう様々な人々の思惑が交錯した結果「乱れてる」と言うのがわしの考えやねん。

「荒れる」というのは大勢の人の考えとは違った結果になる事やが、最終レースに限って言うと配当的には統計データを見ても「平均よりは荒れている」んやが、実際には決着自体は「荒れていない」かも知れへんなと言う事や。

勝負事は最後まで諦めてはあかん。これは当然の事やねんけど、競馬は基本的に365日どっかでやっとるわけで、最終レースの次は翌日や翌週の1レースなわけで、別に最終でもなんでも無いと言うのはよく言われる事でっしゃろ。

要は「最終レースをいかに攻略するか?」を考えるよりも、いかに勝負を長いスパンで考えられるか?の方が重要なんちゃいまっか?と言う事でんねん。

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